大衆

 批判をすることなく、常に権力に迎合する「大衆」に対する批判を交えたレポートを書きながらも、そのレポート自体が結局は担当教授の意向に迎合した内容であるという矛盾。

 そしてそれに気付いていながらも、目先の用件を片付けるために、絶対的知識量が少なすぎるがために、ただただ文章を書き連ねていく他ない、「大衆」の一部である自分。

 俯瞰視すれば、それはあまりにも情けなく見える。

 せめて、このブログの文章はそうならないようにしよう。
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